INTERVIEW #001

板橋よしえさん

Candy Stripper デザイナー

1995年バンタンデザイン研究所在学中に「Candy Stripper」を立ち上げる。2006年春より「CS」「CS BLACK」を立ち上げる。2008年「キャンディストリッパー ~ふたりのファッションデザイナー」(河出書房新社刊)を上梓。Candy Stripperの活動のほかに、衣装デザイン、アートディレクッション等勢力的に仕事の幅を広げている。

http://candystripper.net

「子供の頃。いつもいつも服のことばかり考えていた。」

Q.子供の頃の夢はなんでしたか?

小さいころ、ピアノを習っていたのでピアノの先生や保母さんになりたいと思っていました。

Q.どんな子供でしたか?

弟がいるのと、近所に住んでいたのが男の子ばかりだったので、人形遊びよりも外で駆けずりまわっているような子供でした。

Q.いつごろからデザイナーになる夢をお持ちでしたか?

高校生のころ、通っていた学校が進学校だったので、普通にみんなと同じように大学へ進学するものだとぼんやり思っていました。あるとき、自分は好きなことって何だろう?何が向いているのだろう? と考えたときに、いつもいつも洋服のことばかり考えている自分に気づきました。授業中も休みの日もいつも洋服のことばかり考えていた自分。ノートには自分が着たい服のイラストや着てみたいコーディネートを書いたり、ファッション雑誌の中から気になるアイテムを切り貼りしたり。週末は一日中、原宿・渋谷・代官山のいろいろなお店をくまなく歩くほど買い物も大好きでした。でも、漠然と"ファッションに関わる仕事がしたい!"という気持ちはあるものの、何になりたいか?ということまではわからないままでした。そんなとき、"olive"で読んだ夢の職業についた方たちのページに、毎回"olive"でこのスタイリングかわいい!と思うといつも同じスタイリストさんだったのですが、そのスタイリストさんの記事がそのページに掲載されていて、何度も何度もそのページを読み返したのを覚えています。その方に憧れて、次第にわたしもスタイリストをやってみたい、と思うようになりました。

Q.そこからデザイナーになるまでの道のりはどんな感じだったのですか?

その後、早速、服飾専門学校の資料を取り寄せて学校見学へ行ったり、セミナーに参加したりして、バンタンデザイン研究所への入学を決意しました。高校3年生になってからは、文化屋雑貨店でバイトを始めたり、表参道の路上でファッションショーをしたり、休みの日はしょっちゅう原宿にいました。そして専門学校に入学してすぐに、スタイリストのアシスタントを紹介してもらってTVや雑誌のスタイリングのお手伝いやタレントさんの衣装製作をしたり、仲の良い仲間とともにクラブでファッションショーをしたり、作品撮りをしたりとアクティブに行動していましたね。2年生に進学するとき、スタイリスト科かプレス科か迷ったのですが、スタイリストについてはアシスタントとしていろいろ実践で勉強させてもらっているので、プレス科を選択しました。 1年生の頃から衣装を製作してファッションショーを定期的に行っていましたが、2年生になり、今度は"ブランド"としてファッションショーをしてみたくなりました。そこで出会った相方とともにCandy Stripperを立ち上げ、秋にデビューショーを行いました。

Q.デビューしてからは順調だったのですか?

その後いろいろな雑誌に掲載してもらえたことで問い合わせが殺到して、当時、相方の家をアトリエとしていたのですが、毎日学校から帰るたびに留守番電話にバイヤーからの卸の依頼やスタイリストさんからのリースの依頼の電話が何十件もかかってきていました。その当時、Candy Stripperは手作りの1点ものアイテムばかりを作っていて、商品はよく掲載されるものの、売っているお店がどこにもないような状況だったのです。今のようにネット環境があればそこで販売していたかも知れないのですが。 TVからのリースも増え、毎日問い合わせが増え続けていたため、卸し先を探すことになり、渋谷にあるセレクトショップに置かせてもらえることになりました。 Candy Stripperはずっと続けたいことだけれど、これ1本で続けられるかどうか自信のなかったわたしたちはCandy Stripperは就職しても趣味としてやっていこうと考えていたんです。わたしはとある大手企業に入社し、相方はスタイリストのアシスタントとして働きながらCandy Stripperを続けていました。

Q.そこから独立するまではどんな過程があったのですか?

Candy Stripperの特集がいくつもの雑誌で取り上げられることになったり、連載が決まったりと、どんどん忙しくなり、仕事とCandy Stripperの両立が出来ずらい状況になっていったのです。こんなに反響があるのなら、自分たちのブランドを大切にしていきたい、Candy Stripperに専念したい!という気持ちが強くなり、学校を卒業した半年後には株式会社を設立して、仲間たちとともにCandy Stripper一本でやっていくことになりました。

Q.初めてのSHOPができたとき、どんな気分でしたか?

初めて自分たちだけのお店が出来たときは、言葉に出来ないくらいうれしかったですね。SHOPの内装はずっと憧れていた内装のデザイナーさんにお願いして、ずっとずっとこんなお店が作りたい!と思い描いていた夢を一緒に形にしてもらいました。ハンドメイドでひとつひとつ転写プリントをしたキノコ柄のカーテンをはじめ、自分たちの手作り感が伝わるような要素を必ずお店に入れるようにしていました。

「原宿はエネルギーを発信している場所。
 夢を叶えるために大切なのは、一歩踏み出すこと。」

Q.原宿にはじめて来たのはいつですか? そのとき思った感想は?

初めて来たのは小学生だったか、中学生だったか・・・。母と弟と3人で原宿に行きましたね。
当時タレントショップ全盛期で、とても賑やかだった記憶があります。

Q.あなたにとって原宿はどんな場所ですか?

エネルギーを発している場所。ここからいろんなものが生み出され、つながっていっている気がします。

Q.学校で学んだことで実際今、役に立っていることってありますか?

たくさんあるのですが、ブランディングやカラーを学ぶ授業はブランド作りに役立ちました。専門学校からブランドを立ち上げていたので、学校の課題だったブランドのコンセプトブックは実際そのままいろんなプレゼンの資料として持っていったりしてました。あとは、右脳を動かす授業やCM作りの授業、自分に影響を与えたひとを過去をさかのぼって絵にしていく授業なんかはとてもおもしろくて印象に残っています。

Q.またはもっと学校で、こんなことを学ぶべきだったと思うことはありますか?

わたしが入学した頃はパソコンの授業が取り入れられたばかりの頃だったと思うんです。イラストレーターやフォトショップなどそこで初めて学びました。今思えば、学校でもっとたくさんパソコンの勉強がしたかったですかね。

Q.夢をあきらめそうになったことはありますか?

ないです!

Q.これからデザイナーになりたいと思っている人へアドバイスはありますか?

いろいろなものをたくさん見てください。そして想像することを楽しんでください。見たものをどのように感じられるか、そしてその先を超えられるかが大事なことだと思います。

Q.夢の仕事を実際の仕事として一番すばらしいことはなんですか?

たくさんの笑顔と出会えること。

Q.また一番難しいことは?

作りたいものを作ることとビジネスとのバランス。クリエイティブを楽しむ上でそのどちらも出来ないとプロではないと思います。

Q.今までこの仕事をして、一番感動したことは?

大切な仲間と出会えたこと。頭の中の想像の世界が、いろいろな人の力をかりて洋服という形になる。一緒になって、夢中になってわたしのイメージする世界を大切に作ってくれる大事な仲間がいる。こんなに幸せなことはないです。

Q.この仕事をやめたくなったことはありますか?

ないです。

Q.「○○がなかったらこの仕事をしていなかった。」○○になにを入れますか?

好奇心。

Q.夢を実現するために一番大切なのは「運」ですか?「努力」ですか? それともほかの何かでしょうか?

気持ち。もちろん運も努力も必要なことですが、何よりもまず何かを成し得るためには揺らがない強い"気持ち"がないと成功しないと思います。

Q.今後のお仕事の夢はありますか?

まだまだ漠然とした夢ですが、海外にお店を持つことですね。いろんな世界のひととお洋服でつながっていけたら楽しいなあと思います。

Q.チャンスをつかむコツってなんだと思いますか?

失敗を恐れず、まず一歩踏み出してみること。そこから世界は広がっていきます。

Q.“夢”とはあなたにとって、どんなものですか?

自分が成長していく上で欠かせないもの。ずっとずっと夢を持ち続けていたいです。

友利 新さん

医師

やりたいか、やりたくないかが1番問題。

PELIさん

スタイリスト

知識があれば自信にも繋がる。

板橋よしえさん

Candy Stripper デザイナー

子供の頃。いつもいつも服のことばかり考えていた。

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